大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和54年(行コ)15号 判決 1980年10月20日

控訴人

竹下信夫

右訴訟代理人

和久井四郎

被控訴人

長崎地方法務局川棚出張所登記官

乙坂明

右指定代理人

川勝隆之

日高静男

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。本件を長崎地方裁判所に差戻す。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者の主張及び証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。<中略>

一  控訴人の補足的主張

1  控訴人は、不動産登記法八一条に基づいて、土地表示の変更の登記申請権(それはまた同条に基づく義務でもある)を行使し、本件土地につき地目変更登記を申請したところ、被控訴人は、右申請に対し、手続的拒否処分ではなく、実体について判断し、本件土地の地目は雑種地ではなく、休耕農地であると認定して、これを却下する旨の処分をしたものであり、右処分である本件決定は、被控訴人において実質的審査権を誤用・濫用して控訴人の地目変更登記申請権を合理的理由なく違法に侵害しているのであるから、正に抗告訴訟の対象となるべきことは明らかである。

なお、控訴人が地目変更登記申請権を有することは、同法四九条が、「土地又ハ建物ノ表示ニ関スル登記」の申請を却下する場合に登記官は理由を付して応答する義務があることを定めていることに照らしても肯認できるところであり、従つて、登記官において右申請にかかる登記を合理的理由なく拒否する処分は申請人の申請権を侵害したことになる。

2  また、本件土地は、その現況が正に雑種地であるのに、被控訴人において合理的理由もなく、休耕農地、即ち、農地法の適用のある土地であると実体的に認定したのであり、そのことは、単に表示登記の関係ばかりでなく、権利の登記の手続処理に当つても、本件土地は農地法の適用がある土地であり、登記手続上制限を受ける対象となる土地であることを、被控訴人自ら宣明したことである。それは、控訴人の登記申請権に、違法に制限を課したものであり、控訴人が本件土地の所有権を行使(使用・収益・処分)するに際し、控訴人に法律上重大な不利益をもたらすものである。

二  被控訴人の反論

不動産の表示に関する登記の手続については、権利に関する登記の手続と異なり、一般には職権主義が適用されるのであり、土地の地目変更の登記手続についてもその例外ではなく、地目変更の登記の申請に関する不動産登記法八一条の規定は、右の職権主義による表示に関する登記制度の目的を達成せしめるために、一定の者に地目変更の登記の申請義務を賦課したものであつて、同登記の申請権を賦与したものではない。換言すれば、同条の規定に基づく地目変更の登記の申請は、土地の物理的、客観的な利用の現況を公示するという公法上の目的を達成せしめるために登記官の職権の発動を促すものでしかなく、登記申請権の行使としてされるものではないのである。

従つて、地目変更の登記の申請に対する却下決定は、登記官において、右職権を発動しない旨の、或いは一定の者に地目変更の登記の申請義務が存在しない旨の判断を表明する事実上の行為にすぎない。

これを要するに、控訴人が不動産登記法に基づく地目変更登記申請権なる手続的権利を有することを前提とし、右登記申請権の侵害を理由として本件決定の行政処分性を基礎づけようとする控訴人の主張は、その前提において既に失当というべきである。

なお、同法四九条が、表示に関する登記の申請を却下する場合においても、登記官に理由を附した決定をもつてすることを要求している趣旨は、登記官の判断を慎重ならしめ、その職権の行使の適正を担保するとともに申請人に対し審査請求(同法一五二条)についての便宜を与えようとするものにすぎないから、右の点をもつて右申請人が地目変更登記申請権なる権利を有することの根拠となしうるものではない。

また、農地法の適用の有無は、登記簿上の地目の表示の如何にかかわらず、いわゆる現況主義により決せられるものであり、そもそも農地法の規定が適用されることによる控訴人の本件各土地所有権の行使についての制約は、いうまでもなく、農地法に基づく効果であつて、不動産登記法に基づく効果ではないのである。

理由

一当裁判所も、控訴人の本件訴えを不適法として却下すべきものと判断するものであるが、その理由は、次のとおり付加し、改めるほか、原判決説示の理由と同一であるからこれを引用する。

1  原判決六枚目裏一二行目の「ならない」の次に「(最高裁判所昭和二八年(オ)第一三六二号同三〇年二月二四日第一小法廷判決・民集九巻二号二一七頁、同裁判所昭和三七年(オ)第九一四号同三九年一月二四日第二小法廷判決・民集一八巻一号一一三頁各参照)」を加え、同七枚目裏五行目の「右訴えは、」以下同七行目の「許されないのみならず、」までを削除し、同一一行目の「あるから、」の次に「被告に対し地目変更登記をすることを求める右訴えは、」を加える。

2  控訴人は、本件決定が不動産登記法八一条等に基づく控訴人の地目変更登記申請権を違法に侵害することを理由として、これが抗告訴訟の対象とされるべきことが明らかである旨主張する。

しかし、右主張は、その前提において既に失当として採用しえない。即ち、不動産登記法は、一般に不動産の表示に関する登記について登記官が職権をもつてこれをすることができるものとし(同法二五条の二)、そのために登記官に職権調査権を賦与している(同法五〇条一項)ところ、右職権主義は、不動産の表示に関する登記の範疇に含まれる土地の地目または地積の変更登記手続についても当然に適用されるが、登記簿上すべての土地の現況を職権調査と職権登記によつて捉えることは実際上不可能に近いことから、同法八一条は、登記官の職権の発動を容易ならしめるために、一定の者に地目または地積の変更登記の申請義務を賦課したにとどまるものであつて、これによつて右の者に同登記の申請権を賦与したものではなく、また、同法四九条が、表示に関する登記の申請を却下する場合、登記官に理由を付した決定をもつてすることを要求している趣旨は、登記官の判断の慎重を担保してその恣意を抑制するとともに、却下の理由を申請人に知らせて、登記官の処分に対する審査請求(同法一五二条)について便宜を与えようとするものにすぎないから、同法八一条、四九条を根拠として、控訴人が地目変更登記申請権なる権利を有するものとは到底解することはできない。

なお、控訴人が本件土地の所有権を行使するに際して農地法上の制約を受けるとしても、右説示及び原判決の理由説示からすれば、所詮、それは事実上の不利益にすぎないものといわざるをえない。

二そうすると、原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(斎藤次郎 原政俊 寒竹剛)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例